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クルーズ寄港地:バルセロナ(エリア:地中海)


ガウディーの没後80年が経った今なお、彼が手掛けた建築は多くの人を引き付けている。サグラダファミリアは現在も建築中であり、訪れたものはその壮大さに驚き、施された装飾の緻密さに言葉を失う。全てのベルタワーが揃い完成するのは200年後と言う。
しかし本当に200年後には完成するのだろうか。はたまた、引き続き行われている建築は、彼が意図していたものなのだろうか。ガウディという人物ににまつわる物語も事欠かない。ガウディの作品と彼の人物像を求めて、カタルーニャの地、バルセロナに出かけてみませんか。

Barcelonaスペイン
州:カタルーニャ州/県:バルセロナ県/面積:100.4km2/標高:12m/人口:1,605,602人

ガウディ−の軌跡








 

悪魔か、天才か

サグラダ・ファミリアの設計を目の当たりにした評論家たちは、ガウディに対して「悪魔なのか、天才なのか…」とつぶやいたという。

バルセロナ南西の商業都市レウスに生まれたアントニ・ガウディは、1873年から1877年の間、バルセロナで建築を学び1878年に建築家の資格を取得している。そしてガウディの建築の良き理解者であると同時に、彼の生涯の友ともなる富豪アウゼビ・グエルと出会う。パリ万国博に出品された手袋店のショーケースを見てガウディの才能を見て取ったグエルは、次々と斬新な計画を持ち掛ける。 グエル邸、グエル公園、コロニア・グエル教会など、ガウディの建築にはいくつもグエルの名がついている。

1883年、ガウディはサグラダ・ファミリア聖堂の主任建築家に任命される。名声を得たガウディは、バルセロナとその近郊の多くの重要な建築物の設計を手掛けるものの、グエルの死後は、他のいっさいの仕事を断ってサグラダファミリアの仕事に専念する。

1926年6月8日、ガウディはミサに向かう途中、バルセロナ市内で路面電車にはねられる。まるで浮浪者のような格好だったために病院に収容されるのが遅れたという。そして10日午後5時、市内サンタ・クルース病院で死去する。享年73。遺体はサグラダ・ファミリア聖堂に埋葬される。

 

サグラダファミリアなどの建築物は「アントニオ・ガウディの作品群」として世界遺産に登録されています。

サグラダ・ファミリア

ガウディの代表的建築物。建築中で、あと200年は完成までかかると言われています。今立っている塔は「サグラダ・ファミリア」のほんの一部で、実際はまだメインの教会堂さえ着工していないのです。ガウディの残したサグラダ・ファミリアに関するオリジナルの設計図・模型等はほとんどが無くなってしまっています。したがって現在は、生前ガウディが残したサグラダファミリアと模型を検証し、手がけている建築家・彫刻家の創造性を組み合わせて進行しています。

グエル公園

当初ここは60棟の分譲住宅地として造られましたが、 まったく買い手が付かず、工事は途中でストップしてしまいます。あまりにも先進的でこれを見て、さしものダリも「タルト菓子」といったという逸話が残ってます。住宅は二棟だけ完成し、一棟はガウディーの住宅とななりました。後にこの土地は市に寄贈されグルエ公園とし て一般に公開されています。

カサ・パドリョ

ガウディーのデザインで改修された住宅。海がテーマ として造られており、魚の鱗を思わせる屋根や、壁面に 埋め込まれた色とりどりの、ガラス・モザイクが特徴的です。

カサ・ミラ

1905年から5年の歳月をかけて完成。 切り出した岩をそのまま材料として使っている為に別名「ラ・ペドレーラ」(石切場)といわれています。バルセロナの近くにモンセラットという岩山があり、これを見たガウディーがイメージして 造ったとも言われています。

 

 
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